【祐実軍團】(23)陸軍東京湾要塞地帯(神奈川県横須賀市) - 戦争遺跡調査研究軍 祐実総軍

【祐実軍團】(23)陸軍東京湾要塞地帯(神奈川県横須賀市)

皆様、8月の最終日を
いかがお過ごしでしょうか?
「夏」が終わりですね・・・
寂しくなりますね(涙)


毎度、横須賀ネタで恐縮ですが
本日は祐実軍團「軍報」の
第23弾といたしまして、
神奈川県横須賀市に設置された
「陸軍」の東京湾要塞地帯標を
簡単にご紹介させてくださいませ。

本当は「海軍」の要塞地帯標も
一緒にご紹介したいのですが
長くなりそうなので、別々の
ご紹介とさせていただきますね m(_ _)m


東京湾要塞は、日本の本土におかれた
12箇所の永久要塞のうちの 1つです。
1895年(明治28)の要塞司令部条例により
永久的な防御工事を施している場所は
「要塞」とされ、海軍の場合砲台や軍港が
「要塞地帯」とされました。また、
これに伴う法律も公布されており、
軍事機密の保持のため、要塞地帯に
指定された区域内での測量や撮影・
スケッチ・土木工事などは、要塞司令部の
許可がないと出来ませんでした。
また、これらの防御営造物より
250間(約455メートル)以内を特に
「要塞地帯第一区」として一般人の立入が
禁止され、衛兵が守備していました。
さらに、その距離に応じ「第二区」・
「第三区(区域)」が設定され、これらを
明確にするため、その境界部には
要塞地帯標が設置されました。

要塞地帯を定義する法律は数度にわたって
改正されましたが、最終的に防御営造物から
1,000メートル以内を第一区とし、
5,000メートル以内を第二区・
15,000メートル以内を第三区(区域)と
当初よりも大幅に拡大されました。

横須賀市については、まさに
東京湾要塞の砲台群が設置された
場所であるために、要塞地帯に定められた
箇所があり、その境界に設置された
要塞地帯標が現在も残っています。


まずは、走水1丁目の防衛大学校内の
要塞地帯標です↓



同じく、走水1丁目の横須賀市水道局の
走水水源地内にある要塞地帯標です↓



大津町の住宅地内に残る
要塞地帯標です↓



桜ヶ丘の住宅地内に残る
要塞地帯標です↓



岩戸の山林内に残る
要塞地帯標です↓



野比の介護施設付近に残る
要塞地帯標です↓



む、む、無念っ!
本当は馬堀町の住宅地内にも
要塞地帯標が残っているのですが
写真を消失してしまいました~(涙)
ちゃんと記載文字の記録は
出来ているのにぃ~
無念、無念でござるっ(恥)

関係者の皆様、ホムペ公開用に
1枚提供してください~(汗)


【収録遺構】
 陸軍東京湾要塞地帯
  横須賀市
   軍用地境界標 7本

【探訪情報】
 2006.04.09  第1回探訪
 2006.06.24  第2回探訪
 2006.07.01  第3回探訪
 2007.01.08  第4回探訪
 2007.10~2007.11のどこか
   第5回探訪(馬堀)
 2014.04.27  第6回探訪

 歩数(指数) 約30,000歩(508)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


それでは、おやすみなさいませっ!
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