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戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪し
記録することを趣味とする
祐実総軍三等兵ですっ★

稚拙な内容ではございますが
これまでに関係者の皆様方と
見てきた戦争遺跡を中心に、
ブログ・ホームページなどで
順次ご紹介をしていきます♪

よろしくお願いしますっ★

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2018 22 19:41:52

【祐実軍團】(160)横須賀海軍水道路半原系統(神奈川県海老名市)

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


今日の朝、雪が降っていて
ビックリしました(笑)

寒さも戻ってしまい、なんだか
風邪をひいてしまいそうで
怖いです・・・


さて・・・
本日は祐実軍團「軍報」の
第160弾といたしまして
横須賀軍港水道路のうち、
神奈川県海老名市内に
残る遺構をご紹介します↓




横須賀海軍水道路は、横須賀市に
おかれていた横須賀海軍工廠を
中心とした海軍施設に対して
水を供給する目的で、1876年(明治 9)に
専用の水道が走水の水源地より
敷かれました。

しかし、施設の拡大に伴って
水の需要が増えてしまい、
この専用水道だけでは供給不足となり
新たに相模川の支流となる
中津川を水源に、愛川町の半原より
横須賀市の逸見浄水場までの
約53kmにわたる長大な水道路の
敷設が計画され、1918年(大正7)に
半原系統として通水し、
海老名市を縦断しています。

戦後、水道路は横須賀市に
移管されており、軍用地境界標を
中心とした遺構が現存しています。



かつて、住んでいた町である
海老名市内にお邪魔しております↓


ちょっと、カメラの性能が出なくて
補正をかけていますが、
この当時、海老名駅の西口には
何もありませんでした・・・


水道路の海老名市北限にあたる
有鹿小学校付近からスタートし、
綾瀬方面に南下していきます↓



軍用地境界標が残っています↓




確か、河原口の相模線沿いにも
埋まりかけた軍用地境界標が
2本くらいあったはずですが、
残念ながら撮り忘れるという
失態をおかしてしまいました・・・


相模線・小田急線の線路を跨ぎ
大谷地区に入っていきます↓



この地区は多くの軍用地境界標が
残っていました↓












東名高速を過ぎると隣町である
綾瀬市に入っていきます↓



水道みち公園で一服します(笑)↓



【収録遺構】
 横須賀海軍水道路
 半原系統(海老名市)

  軍用地境界標 12本

【探訪情報】
 2007.05.05  第1回探訪
 2007.05.10  第2回探訪

 歩数(指数) 約5,000歩(166)


それでは、また明日っ★



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