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戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪し
記録することを趣味とする
祐実総軍三等兵ですっ★

稚拙な内容ではございますが
これまでに関係者の皆様方と
見てきた戦争遺跡を中心に、
ブログ・ホームページなどで
順次ご紹介をしていきます♪

よろしくお願いしますっ★

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2018 04 19:48:23

【祐実軍團】(174)日立航空機立川発動機工場

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


今日の関東地方は暑いくらいの
陽気でしたねっ!

こうも気温が高い日が続くと、
藪漕ぎシーズンの終焉を
痛感しますね(涙)


さてさて、本日は祐実軍團「軍報」の
第174弾といたしまして、
東京都東大和市におかれていた
日立航空機立川発動機工場の
遺構群を簡単にご紹介します↓




日立航空機は、航空機のエンジンを
製作していた、この前身の
東京瓦斯電気工業を引き継ぐ形で
1939年(昭和14)に設立された
民間の航空機製作会社で、
戦闘機の機体とエンジンの製造を
行っており、約2,000機の航空機と
約14,000基のエンジンを実際に製造し
大森・羽田・立川・千葉に製造工場を抱え
航空機のエンジン部門では
国内の総生産の約10%を
占めており、中島・三菱・川崎に次ぐ
航空機メーカーでした。

このうち立川工場は、エンジンの
製造を専門に取り扱う工場として
1937年(昭和12)に開設され、
東京瓦斯電気工業時代から
稼動していました。

最盛期には14,000人もの工員が
ここに従事し、月産350基ものエンジンを
製造する日立航空機最大の
エンジン工場となりました。

1945年(昭和20)に入ると、本土空襲が
本格化し、立川工場の周辺には
立川航空機や陸軍航空廠・
昭和飛行機などの軍需工場が
集中していたため爆撃の
ターゲットにされ、空襲を受けてしまい
立川工場は約50%が壊滅し、
周辺のトンネルや学校などを
疎開工場に転用して生産機能を
維持しましたが終戦となりました。

現在、立川工場跡地は小松ゼノアの
工場や、都立東大和南公園などに
なっており、当時の遺構は
ほとんど消滅していますが、
公園内に変電所の建物や
給水塔の一部などが残っています。



いにしえの古参メンバーの皆様方と
東大和南公園にお邪魔しております↓



公園内に立川発動機工場の
最大の遺構である建物が
残っています↓



この建物は変電施設として
使用され、受電した66,000Vの
電気を 3,000Vに変電し、
各工場に供給する重要な
役割を果たしていたそうです。


現在は、東大和市の文化財に
指定されており、案内板が
設けられています↓



建物の内部は、一部が保存のために
補強されていますが、良好な
状態を保っているようです↓




高圧碍子をはじめとする遺物も
建物内に保存されています↓



建物の外にも保存されています↓



また、当時の製造部品と思われる
遺物もコンクリートに埋め込まれて
展示されています↓



各工場内へ工業用水や飲料水を
供給した給水塔の一部分も
保存されています↓



給水塔の一部分も東大和市の
文化財に指定されており、
案内板が設けられています↓



【収録遺構】
 日立航空機
 立川発動機工場

  建物 1棟
  その他 2箇所

【探訪情報】
 2005.10.30  第1回探訪 
 2007.06.16  第2回探訪 
 2008.02.16  第3回探訪 

 歩数(指数) 未計測(100)


それでは、またお会いしましょう★



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