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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪し
記録することを趣味とする
祐実総軍三等兵ですっ★

稚拙な内容ではございますが
これまでに関係者の皆様方と
見てきた戦争遺跡を中心に、
ブログ・ホームページなどで
順次ご紹介をしていきます♪

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2018 02 21:17:09

【和泉軍團】(81)陸軍鉄道連隊下志津演習線(千葉県四街道市)

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


明日からゴールデンウィークの
後半ですねっ★

悪天候でのスタートというのが
とても気に食わないですが・・・


さて・・・
本日は和泉軍團「軍報」の
第81弾といたしまして、
陸軍鉄道連隊の演習線のうち
千葉県四街道市に残る
軍用地境界標を2つだけ
ご紹介させてくださいませ↓




鉄道連隊の演習線は、兵科演習の
一環として、工事速度や敷設技術を
高める目的で建設され、
1911年(明治44)に千葉の演習場より
津田沼の第三大隊へ至る区間が
開通しました。

この他、千葉市の作草部町から
分岐し下志津演習場へ至る区間も
同時期に開通しているようです。

1920年(大正10)に入ると、
下志津演習場内に航空学校の
下志津分校が新設され、
この部分にかかる線路は
撤去されますが、その後に
野戦砲兵学校へ向かうルートが
新設されました。

これらは、同連隊の演習の他に
隣接して設置された陸軍施設に
対する物資の搬入にも
使用されています。

現在、演習線跡の多くは
道路となっており、痕跡が
判りづらくなっていますが、
道路脇に軍用地境界標が
残っている区間があります。



まだ千葉周辺に、旧国鉄の113系が
走っていた頃にさかのぼります(笑)↓



四街道駅の北口から北上して
愛国学園付近から南下します↓



軍用地境界標が残っています↓


標柱は花崗岩製で、風化が著しく
文字が記載されている面が
壁を向いているため、判読が
とても難しいのですが、
なんとか「軍用地」の文字が
読み取れるので、「陸軍用地」と
刻まれているものと断定しています。


遍照寺の西側付近にも
1本残っています↓


こちらは「陸軍」と刻まれています。


このまま千葉市に入っていくと
さらに軍用地境界標が
いくつか残っていますが、
これらは別掲載でいきますね。


【収録遺構】
 陸軍鉄道連隊演習線
 (陸軍鉄道第一連隊演習線)

  軍用地境界標 2本

【探訪情報】
 2007.05.21  第1回探訪
 2007.05.29  第2回探訪
 2009.03.21  第3回探訪

 歩数(指数) 5,255歩(118)


明日から日曜日までは
「雑記」形式でのブログ更新です。


それでは、またお会いいたしましょうっ★



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