FC2ブログ

戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

♦ プロフィール

祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪し
記録することを趣味とする
祐実総軍三等兵ですっ★

稚拙な内容ではございますが
これまでに関係者の皆様方と
見てきた戦争遺跡を中心に、
ブログ・ホームページなどで
順次ご紹介をしていきます♪

よろしくお願いしますっ★

♦ カウンター

♦ 最新記事

♦ アクセスランキング

[ジャンルランキング]
地域情報
267位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
8位
アクセスランキングを見る>>

2018 13 16:30:19

【和泉軍團】(83)陸軍鉄道第一連隊

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


せっかくの日曜日が
雨で台無しですね・・・

ここのところ、天気が悪いので
気分が上がらないですね~。

明日は大好きな「仕事」なので、
支障をきたさないようにするために
現在は酒を浴びるようにして
飲んでいる状況でございます(笑)


さて・・・
本日は和泉軍團「軍報」の
第83弾といたしまして、
千葉県千葉市におかれていた
鉄道第一連隊の建物を
2つほどご紹介させてください↓




鉄道連隊は、戦地で鉄道の
敷設を行い、兵員や兵器・物資などの
輸送を担当する鉄道専門の部隊として
この前身である鉄道大隊が
1896年(明治29)に東京の市ヶ谷に
おかれていた陸軍士官学校内に
創設されたことが始まりです。

その後、中野に兵営を移設し
義和団事変や日露戦争に出征して、
鉄道の修復や砲弾の輸送などを行い
大きな実績を出したことから
「連隊」に昇格し、習志野市の津田沼に
兵営を移しますが、1908年(明治41)に
軍隊の誘致に積極的であった
現在の千葉市に応える形で、
隷下の第三大隊を除いた部隊が
椿森に移転し、兵営がおかれました。

大正時代に入ると、鉄道連隊は
さらに拡大され、2つの連隊を
抱えることとなり、椿森の部隊は
鉄道第一連隊に昇格し、その後に
発生した関東大震災では、
鉄道の復旧作業に協力をして
活躍しました。

1931年(昭和 6)の満州事変以降は
次々と中国戦線に投入され
占領した鉄道の運営や大陸を結ぶ
新たな鉄道の敷設工事に従事し
設営先で終戦を迎えました。

現在、兵営跡地のほとんどは
住宅密集地となり、当時の面影が
残っていませんが、建物の一部が
現在も住宅に活用されていたり、
千葉県の指定有形文化財として
保存されているものもあり、
わずかですが痕跡を見ることが
出来ます。



千葉市内にお邪魔しております↓


千葉駅から歩き、連隊の演習場
跡地である千葉公園を経由して
千葉経済大学に向かっていきます。


千葉経済大学内に材料廠の
機関車修理工場が残っています↓



建物は平成に入って千葉県の
有形文化財に指定されており
案内板が立てられ保存されています↓



内部は、東西へ平行に連なる
2列の煉瓦造りのアーチ形を呈す
構造が10連ずつ組まれており
この建物の主な特徴となっています↓



建物の外周部分に線路が
埋もれるようにして残っています↓



千葉経済大学を出て、今度は
椿森地区を経由して東千葉駅を
目指して歩いていきます。


千葉都市モノレールの
千葉公園駅に近い住宅地内に
炊事場として使用された建物が
残っています↓



現在は2階部分が増築されており
判りづらいですが、当時は煉瓦造りの
平屋構造であったようです↓



炊事場の北西にも古い木造の建物が
あったのですが、1947年の航空写真に
写っていないことから戦後のものと
判断しました・・・


炊事場の南東に位置する
椿森公園内に鉄道連隊の碑が
建立されています↓



【収録遺構】
 陸軍鉄道第一連隊

  建物 2棟

【探訪情報】
 2005.12.29  第1回探訪 
 2007.05.01  第2回探訪 

 歩数(指数) 約5,000歩(100)


それでは、またお会いしましょうっ★



↑よろしければ、こちらの「応援」も
 ひとつよろしくお願いします♪