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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
稚拙な内容ではございますが、
これまで調べてきた戦争遺跡を
ブログ・ホームページで紹介を
させていただいておりますっ♪

よろしくお願いしますm(__)m

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2015 09 09:29:52

【祐実軍團】(27)横須賀海軍工廠職工共済会医院

皆様、水曜日をいかがお過ごしでしょうか。

何か、昨日からダルいな~って
思っていたのですが、どうやら
風邪をひいてしまったようです・・・

低温・長雨・睡眠不足・・・
色々と生活環境に問題が出ていますが
皆様も三等兵みたいにならないよう
くれぐれもご自愛くださいませ。


さてさて、本日も祐実軍團「軍報」の
第27弾といたしまして、
神奈川県横須賀市におかれていた
横須賀海軍工廠職工共済会医院の
遺構をご紹介させていただきます。

なぜ、横須賀ばかりのご紹介なのかは
ホムペの10,000アクセス到達で
判るかと思いますっ★
(掲載準備を兼ねているのです・・・)


職工共済会病院は、横須賀海軍工廠に
従事する職工と、その家族を
診療するための病院として
1908年(明治41)に開院しました。

大正時代に入ると、職工共済会から
海軍共済会に母体が変更されたことで
海軍共済組合横須賀病院となりますが、
その後に起きた関東大震災により
建物などに大きな被害が出たため
米が浜に新設された建物へ移転しました。

現在、跡地のほとんどが
住宅地となっており、面影がない
状態ですが、施設名が入った
軍用地境界標や、海軍のマークが
入った水道関係の蓋などが
現存しています。

なお、少し前までは軍用地境界塀の
支柱なども一部で残っていたのですが、
残念ながら2014年(平成26)7月の
再訪で消失を確認しました・・

特に、特定の施設名が入った
軍用地境界標は、あまり他で見ることが
出来ないので、このまま残っていて
欲しいと願っています。


スプリント快特電鉄の
県立大学駅に来ております↓


少し前は「京急安浦」という
駅名でしたが、改称されています。
でも、昔からこの駅は
普通車しか停まりませんね。


ここから東側に展開する
住宅地内を歩いていきます。


当時の水道止水栓が民家の
敷地内に残っています↓



海軍共済組合病院を意味する
軍用地境界標が残っています↓






当時の遺構であるものと思われます↓



これらも遺構でしょうね・・・↓




以下は消失している遺構群です↓


RIMG0050.jpg


このあたりは、狭窄地に住宅が
密集しているので、開発の余地なしと
遺構消失を危惧していませんでしたが
少しずつ失われてしまっているようです。


【収録遺構】
 横須賀海軍工廠職工共済会医院
 (海軍共済組合横須賀病院)

  軍用地境界標 4本
  その他 4箇所
  軍用地境界塀(消失) 1区画
  軍用地境界標(消失) 1本
  その他(消失) 1箇所

【探訪情報】
 2007.12.30  第1回探訪
 2014.07.06  第2回探訪

 歩数(指数) 約10,000歩(892)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★


それでは、ちょっと睡眠いたしますZzz
職場の皆様、体調不良ですみませんm(_ _)m
(突っ込み厳禁です)
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