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総軍BLOGへようこそっ!

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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪し
記録することを趣味とする
祐実総軍三等兵ですっ★

稚拙な内容ではございますが
これまでに関係者の皆様方と
見てきた戦争遺跡を中心に、
ブログ・ホームページなどで
順次ご紹介をしていきます♪

よろしくお願いしますっ★

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2018 12 20:55:55

【祐実軍團】(196)海軍東京湾要塞地帯(鎌倉市)

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


今週に入り、仕事が忙しくなり
色々と不運が続いております・・・

当方は基本的に残業しないので
残業しないと終わらない作業も
定時内に終わらせようとします。

残業しない=仕事してないといった
ふざけたことを言われようもんなら
「やってやんねーよ?」となるので
私は面倒くさい人間なんです(笑)

定時内で終わる作業量を取り組む。
これが求められる「働き方改革」です。
残業ありきの話を出す改革など
まったく聞く耳をもちません(笑)


さてさて・・・
本日は祐実軍團「軍報」の
第196弾といたしまして
神奈川県鎌倉市に設置された
海軍東京湾要塞地帯標を
ご紹介させてくださいませ↓




東京湾要塞は、日本の本土におかれた
12箇所の永久要塞のうちの 1つです。

1895年(明治28)の要塞司令部条例により
永久的な防御工事を施している場所は
「要塞」とされ、海軍の場合は
軍港が「要塞地帯」とされました。

また、これに伴う法律も公布されており
軍事機密の保持のため、要塞地帯に
指定された区域内での測量や撮影・
スケッチ・土木工事などは、
要塞司令部の許可がないと
出来ませんでした。

これらの防御営造物より
250間(約455メートル)以内を特に
「要塞地帯第一区」として一般人の
立入りが禁止され、衛兵が
守備していました。

さらに、その距離に応じ「第二区」・
「第三区(区域)」が設定され、
これらを明確にするため
その境界部に要塞地帯標が
設置されました。

要塞地帯を定義する法律は
数度にわたって改正されましたが、
最終的に防御営造物から
1,000メートル以内を第一区・
5,000メートル以内を第二区・
15,000メートル以内を第三区(区域)と
当初よりも大幅に拡大されました。

鎌倉市については、
要塞地帯第一区と第二区に
定められた箇所があり、
その境界に設置された要塞地帯標が
現在も残っています。



北鎌倉駅付近にお邪魔しております↓



駅前に要塞第二区の地帯標が
残っています↓



標柱は花崗岩製で、
下部が埋まっていますが
正面に「東京湾要塞第二区地帯標」、
側面に「昭和十六年七月三十日」と
「第四五号」、背面に「海軍省」と
記載されていました↓



横須賀線に乗って鎌倉駅に
移動していきます↓



鎌倉駅から1キロほど南下した
材木座海岸付近にも
要塞地帯標が残ります↓



こちらは「東京湾要塞第一」の
文字が入っており、側面には
「昭和十六年」と「第二号」・
背面には「海軍省」とそれぞれ
読み取ることが出来ました↓



【収録遺構】
 海軍東京湾要塞地帯(鎌倉市)

  軍用地境界標 2本

【探訪情報】
 2005.07.30  第1回探訪
 2006.09.10  第2回探訪
 2006.12.17  第3回探訪

 歩数(指数) 未計測(124)


明日はブログの更新を
お休みさせていただきます m(_ _)m


それでは、またお会いいたしましょう★



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