戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
稚拙な内容ではございますが、
これまで調べてきた戦争遺跡を
ブログ・ホームページで紹介を
させていただいておりますっ♪

よろしくお願いしますm(__)m

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2015 11 21:38:50

【祐実軍團】(29)陸軍東京湾要塞観音崎第一砲台

皆様、金曜日をいかがお過ごしでしょうか。

本日は、拙ホームページである
祐実総軍 ― 戦争遺跡データベース」の
総合プロデューサーの誕生日でございます。
この方の分身として情報発信している
三等兵にとって「天長節」と同じ意味を
もつ日なのでございます。



いや~、めでたいっ★
ちょっと、飲み過ぎ状態ではございますが
祐実軍團「軍報」の第29弾といたしまして
神奈川県横須賀市におかれていた
陸軍東京湾要塞の観音崎第一砲台の
遺構をご紹介させてくださいませ。


東京湾要塞は、東京湾への敵艦船の
侵入を防ぎ、帝都や横須賀軍港を
防御するために構築された強力な火砲群と
これに関連する付帯施設群の集合体で
国土防衛の最重要地域に構築された
12箇所の要塞の中で最も早く着工されました。

観音崎第一砲台は、東京湾要塞の中で
最も早い1884年(明治17) 6月に竣工し
1894年(明治27) 6月に23口径24センチカノン砲を
2門据え付け、日本で最初の洋式砲台として
日清戦争の戦備につきました。

日清戦争・日露戦争を経て大正時代に入ると
装備が旧式となってしまったため
1913年(大正2)に廃止となり、2年後の
1915年(大正 4)に防御営造物より
除籍されました。

現在、砲台跡地は神奈川県立観音崎公園として
整備され、掩蔽部や弾薬庫などの
地下構造物は、入口部分が封鎖されて
見学出来なくなっているものの、砲座や
横檣トンネルなどは良好な残存状態で
見学することが可能です。また、煉瓦を
用いている部分は「フランス積み」と呼ばれる
明治期に少しだけみられた煉瓦積み技法を
確認することが出来ます。


観音崎灯台がある観音崎公園に来ました↓



ここから歩いて15分くらいで
観音崎第一砲台に到着です↓



第一砲座です↓



第二砲座です↓



砲座間には、揚弾を兼ねた
横墻トンネルが残っています↓



横墻トンネルの下部分には
塞がれた弾薬庫が残っています↓



観測所です↓



こちらも塞がれていますが
掩蔽部です↓



砲台の周りに防御営造物境界標も
いくつか残っています↓





【収録遺構】
 陸軍東京湾要塞観音崎第一砲台
 (陸軍東京湾要塞 北門第一砲台)

  砲座 2箇所
  観測所 1箇所
  地下施設 2箇所
  トンネル 1箇所
  軍用地境界標 3本


【探訪情報】
 2004.02.07 第1回探訪
 2005.05.29 第2回探訪
 2007.01.02 第3回探訪
 2014.05.24 第4回探訪

 歩数(指数) 約61,000歩(999)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★

それでは、よい週末をっ♪
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