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祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪して
記録することを生き甲斐とする
祐実総軍三等兵でございます★
稚拙な内容ではございますが、
これまで調べてきた戦争遺跡を
ブログ・ホームページで紹介を
させていただいておりますっ♪

よろしくお願いしますm(__)m

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2015 17 09:16:52

【祐実軍團】(32)日立航空機中藤地下軍需工場

皆様、木曜日をいかがお過ごしでしょうか。
三等兵は風邪真っ盛りですっ!

さてさて、今回は祐実軍團「軍報」の
第32弾といたしまして、
東京都武蔵村山市に疎開した
日立航空機立川発動機工場の
地下工場跡をご紹介させてくださいませ。

でも・・・
水路トンネルを活用した地下工場なので
新設地下壕マニアの皆様には
相手にとって十分不足する内容です。
申し訳ありません m(_ _)m


日立航空機は、航空機エンジンを
製作していた前身の東京瓦斯電気工業を
引き継ぐ形で、1939年(昭和14)に
設立された民間の航空機製作会社として
戦闘機の機体とエンジンの製造を行っており
約2,000機の航空機と約14,000基のエンジンを
実際に製造し、大森・羽田・立川・千葉に
製造工場を抱え、航空機エンジン部門では
総生産の約10%を占めており、当時の
中島・三菱・川崎に次ぐ航空機メーカーでした。

このうち立川工場は、エンジンの製造を
専門に取り扱う工場として1937年(昭和12)に
開設され、東京瓦斯電気工業時代から
稼動していました。最盛期には
14,000人もの工員がここに従事し、
月産350基ものエンジンを製造する
日立航空機最大のエンジン工場となりました。

1945年(昭和20)に入ると、本土空襲が
本格化し、立川工場の周辺には
立川航空機や陸軍航空廠・昭和飛行機などの
軍需工場が集中していたために
爆撃のターゲットにされ、空襲を受けてしまい
立川工場は約50%が壊滅しました。これを受け
生産ラインの分散疎開計画に基づき、
羽村から山口貯水池へ繋がる導水路の
トンネルを利用して工場の一部を疎開させ
エンジンの製造を継続させました。

現在、これらのトンネルのほとんどが
自転車の通行用トンネルに活用されています。


武蔵村山市にある自転車道の
トンネル群にやってきました↓


まずは横田トンネルからスタートです。
自転車道としてトンネルが4つ
連続しますっ。


横田トンネルの内部です↓



内部はコンクリート捲きで、照明も
ついており、ごく普通のトンネルです・・・
ブログのタイトルを見て、「おっ!」って
思われた新設地下壕マニアの皆様には
期待外れとなってしまいスミマセン・・・


赤堀トンネルです↓



御岳トンネルです↓



最後は赤坂トンネルです↓



ここで自転車道は反れるのですが
さらに砂利道を北側へ進みます↓



少し進むと、閉鎖されたトンネルが
1つだけ残っています↓



内部の様子です↓


水没しているうえに、不法投棄された
ゴミなどが散乱していますが
貫通していました。


【収録遺構】
 日立航空機立川発動機工場
 中藤地下軍需工場

  トンネル 5箇所

【探訪情報】
 2005.10.30 第1回探訪

 歩数(指数) 12,897歩(100)


詳細は、後ほどホームページ内で
ご紹介させていただきますねっ★
ご期待いただければ幸いですっ!


それでは、よい1日をっ★
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