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戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

♦ プロフィール

祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪し
記録することを趣味とする
祐実総軍三等兵ですっ★

稚拙な内容ではございますが
これまでに関係者の皆様方と
見てきた戦争遺跡を中心に、
ブログ・ホームページなどで
順次ご紹介をしていきます♪

よろしくお願いしますっ★

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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


連休も終わりですね・・・
明日から再び仕事ですが、
無事に支線へ移ったので
実作業はほとんどありません。


まだ、少し先になってしまうのですが
あとは時が来るのを待つだけです。

その間、じっくりと今後の探訪計画を
自席で練らせてもらいます(笑)


さて、今回はバックナンバーである
祐実軍團「軍報」の第100弾の
続編として、神奈川県愛甲郡愛川町に
おかれていた熊谷陸軍飛行学校の
中津分教所の遺構を1つだけ
ご紹介させてくださいませ↓



なお、これは「後続記事」ですので
「本記事」もご覧くださいませ↓

 【祐実軍團】(100)中津分教所



我が総軍大元帥の同行の下、
淵野辺駅からタクシーの力を借り
愛川町に入っております↓



住宅地内に弾薬庫といわれる
建物が1つだけ残っています↓




建物配置図を見ると、弾薬庫は
4つおかれていたようなので
周辺を少し歩いてみましたが
残念ながら失敗しました・・・↓



【収録遺構】
 熊谷陸軍飛行学校
 中津分教所

  建物 1棟(今回追加)
  建物 1棟
  建物基礎 1箇所
  門柱 2箇所
  地下壕 2区画
  その他 2箇所

【探訪情報】
 2006.03.26  第1回探訪
 2008.05.10  第2回探訪
 2017.05.03  第3回探訪
 2018.09.29  第4回探訪

 歩数(指数) 約36,000歩(446)


それでは、またお会いいたしましょうっ!



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 ひとつよろしくお願いします♪

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


おかげさまで、昨日の難関を無事に
越えることが出来ましたっ★

これで、当方は仕事の「定期運用」から
完全に離脱しました。

あとは「その日」まで、のびのびと
留置線で過ごしていきます。


我が総軍プロジェクトの新年度は
11月が始まりとなるのですが
これに合わせて、本格的に
遠征を中心として探訪する予定です。


あとは、軍資がどこまで続くか・・・です(笑)


さて、今回はバックナンバーである
和泉軍團「軍報」の第78弾の
続編として、千葉県船橋市に
おかれていた陸軍騎兵学校の
遺構と考えられる門柱を
1つだけご紹介させてください↓



なお、これは「後続記事」ですので
「本記事」もご覧くださいませ↓

 【和泉軍團】(78)陸軍騎兵実施学校



おピンちゃん先生と新京成線の
北習志野駅に来ております↓



ここから、タクシーの力を借りて
陸上自衛隊習志野駐屯地付近を
目指していきます。


当時の門柱であると思われます↓



一部、モルタルが剥がれており
煉瓦が露出しています↓



昭和23年の航空写真で見る限り
門柱付近が区画された広場に
なっているため、当時のものである
可能性は高いと思われます。


【収録遺構】
 陸軍騎兵実施学校
 (陸軍騎兵学校)

  門柱 1箇所(今回追加)
  建物 3棟

【探訪情報】
 2007.05.29   第1回探訪
 2011.03.08   第2回探訪
 2018.09.22   第3回探訪

 歩数(指数) 約2,000歩(100)


それでは、またお会いいたしましょうっ!



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


三等兵は、廃車に向けて
ここ一番の難局を突破中です・・・

明日、その最難関の山を
越えようとしているところです。

社外に羽ばたこうとしていることを
妬んでいるのか知りませんけど、
廃車を阻止しようと、社畜が
あれこれと仕掛けてくるのですが
その動きは見切ってます。

見切っているということは
こちらにも相応の備えがあると
いうことなのですが、
どうやら解っていないみたいで(笑)

まあ、いいや。
後で絶対に解ることなので。

でも、明日を乗り越えないと
確実な廃車にもっていけないので
ちょっと緊張しています・・・

「大好き」な仕事で、久々に
手に汗を握っております(汗)


ちょっと、こういった精神状態なので
土曜日までブログの更新を
お休みさせてくださいませ m(_ _)m


【本日の写真】
神奈川県横須賀市におかれていた
大楠海軍機関学校の地下壕↓




それでは、また土曜日に
お会いいたしましょうっ★



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


今週が終われば、仕事上の
大事なポジションから
全て撤退することになるので
そこまでは頑張ります(笑)


今回は、10月最初の「起算更新」と
なりますので、日頃より
ご愛顧いただいております
私どものホームページである
祐実総軍 ― 戦争遺跡データベース」の
9月度のアクセス統計を
掲載させてくださいませ。




2018年9月度の統計は以下でございました↓

戦争遺跡調査研究軍―祐実総軍
2018年9月度アクセス統計
 (2018.9.1~2018.9.30)

【総アクセス数】
 12,765アクセス(ブログページ含む)

【最高アクセスカウント日】
 2018年9月23日(日)  617アクセス

【最低アクセスカウント日】
 2018年9月7日(金)  218アクセス

※アクセスカウンターの数字とは
 異なる方法での集計となります。

【アクセス元都道府県ランキング】
  1.神奈川県(10.44%)
  2.東京都(10.21%)
  3.大阪府(9.03%)
  4.千葉県(8.13%)
  5.埼玉県(7.96%)
  6.愛知県(7.03%)
  7.山口県(6.01%)
  8.広島県(5.20%)
  9.静岡県(5.18%)
 10.岩手県(4.21%)

【アクセスページランキング】
  1.横須賀海軍工廠 造兵部 (逗子市)
  (祐実軍團:神奈川県) 
  2.東京第二陸軍造兵廠 香里製造所
  (阪奈軍團:大阪府) 
  3.小倉陸軍造兵廠
  (那留絵軍團:福岡県) 
  4.横須賀海軍航空技術廠
  (祐実軍團:神奈川県)
  5.平塚第二海軍火薬廠
  (祐実軍團:神奈川県)
  6.横須賀海軍工廠 造兵部 (横須賀市)
  (祐実軍團:神奈川県)
  7.野比海軍病院
  (祐実軍團:神奈川県)
  8.東京第二陸軍造兵廠 深谷製造所
  (祐実軍團:埼玉県)
  9.海軍共済組合病院 平塚診療所
  (祐実軍團:神奈川県)
 10. 東京第一陸軍造兵廠 川越製造所
  (祐実軍團:埼玉県)

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  開かないようにご注意を!

【検索自治体ランキング】
 1.神奈川県横須賀市(祐実軍團)
 2.神奈川県横浜市(祐実軍團)
 3.神奈川県三浦市(祐実軍團)
 4.福岡県北九州市(那瑠絵軍團)
 5.大阪府大阪市(阪奈軍團)
 6.神奈川県平塚市(祐実軍團)
 7.神奈川県逗子市(祐実軍團)
 8.神奈川県藤沢市(祐実軍團)
 9.京都府京都市(阪奈軍團)
 10.北海道函館市(莉央軍團)

【掲載遺構数】
 4,340 (フルブラウズ時は4,432)



9月も多くの皆様に見ていただき
本当にありがとうございます m(_ _)m

毎年9月は、8月の実績に比べると
減少してしまう傾向がありますが
今回は最大級のアクセス減でした・・・

同時に9月の更新は1回のみで
これも最低クラスです・・・


祐実総軍プロジェクトの新年度は
11月ですので、今月が年度末ですが
ちょっと今月までは大好きな仕事の
都合もありまして、引き続き
更新が停滞しそうです・・・

ただし、新年度からは時間が
取れそうですので、新規案件の探訪と
並行して更新作業に従事したいと
考えております。

年内で5,000遺構突破で行きますっ★
出来なければ、大元帥直々に
「制裁」が課される予定ですので
全力を尽くしますっ!!


どうぞ引き続き、応援を賜りますよう
よろしくお願い申し上げます m(_ _)m


【本日の写真】
8月・9月で探訪した千葉県案件の
遺構をご紹介させてくださいませ。


陸軍東京湾兵団大井拠点の
戦闘指揮所の1つ(千葉県南房総市)↓



陸軍東京湾兵団の
竹岡洞窟砲台(千葉県富津市)↓



陸軍第十飛行師団藤ヶ谷飛行場の
軍用地境界標(千葉県鎌ケ谷市)↓



陸軍騎兵学校の門柱
(千葉県船橋市)↓



陸軍習志野原演習場の
軍用地境界標(千葉県習志野市)↓



それでは、またお会いいたしましょうっ★



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皆様、いかがお過ごしでしょうか。


今日の朝は、夜中の台風の影響を
モロに受けたようで、鉄道網が
完全に終わってましたね・・・


仕事嫌いなんで、欲を言えば
中途半端に走らせるのではなく
取りやめて欲しかったですが
こればっかりは仕方ないですね。


さて、本日は日曜日の起算更新として
鉄道ネタでブログを更新します。


お題は、ブログ初の釣りかけ駆動の
上田交通5250形です↓




上田温泉電軌デナ200形電車
(※wikipediaを抜粋)↓

上田温泉電軌デナ200形電車は、
上田交通の前身事業者である
上田温泉電軌(のち上田電鉄から
上田丸子電鉄を経て上田交通へ
改称)が1928年に新造した電車である。

戦後の一斉改番に際してモハ5250形と
改称・改番され、新造から廃車まで
一貫して別所線で使用された本形式は
扉脇の戸袋窓が楕円形になっている
独特の外観から、鉄道ファンのみならず
地元利用者の間でも「丸窓電車」の
愛称で呼称された。

上田市の別所線存続プロジェクト
「アイプロジェクト」のキャラクターである
「まるまどくん」は本形式が
モデルとなっている。

最大の特徴である楕円形の戸袋窓は
大正時代の木造電車を中心に
少なからぬ類例が見られたが、
多くの場合、戦後の早い時期までに
車両自体が廃車されるか、
通常型の角窓に改造されるなどの
措置で淘汰された。

はるか後年(1980年代)まで
この形態の窓を残していたのは、
本形式以外には名鉄モ510形電車
(1926年製)ぐらいで、非常に貴重な
存在であった。

新造時のデナ200という形式番号は
1943年の上田丸子電鉄発足時も
そのまま使用され、1950年の
一斉改番でモハ5250形となった。

集電装置は当初トロリーポールであったが
1945年にパンタグラフ化されている。

しかし、トラス棒などは撤去されずに
最後まで残り、その他基本的な形状も
1500V昇圧まで変わらず、昭和初期の
雰囲気をよく留めていた。

丸窓はこの車両のチャームポイントとして
広く親しまれ、別所線の看板車両と
なっていた。

また、鉄道友の会が制定した
エバーグリーン賞において、本形式は
第1回目の受賞形式となった。



こんな感じの車両です↓



私が子供の頃はペンションが
はやった時代でした。

その例に漏れず、我が家も
菅平高原付近にあった
ペンションに何回か
お世話になったことがあり、
その道中で上田駅付近を流れる
千曲川をトコトコと渡っていたのが
この形式だったことを覚えています。

この形式が楕円形の戸袋窓でなければ
もしかしたら忘れていたかもですが・・・


現役最後の日の5251+5252↓

wikipediaの写真です。


先日、我が総軍大元帥の
生誕大祭を兼ねて、別所温泉に
お邪魔したのですが、駅前に
この形式が保存されていることに
気が付き、何とも懐かしい気分に
なりました↓



今でも元気に走ってくれそうな
雰囲気がありました・・・↓



車内も見学したかったのですが
ドア周りに鎖がかけられていて
残念ながら叶いませんでした・・・


5250形の台車です↓

wikipediaの写真です。

日本車輌D-16と呼ぶ台車で、
いわゆる「日車D型」の1つです。

これを履く車両で私が知っているのは
京急400形ですが、この形式も
車体が造船所製という特異な
ものでしたね・・・


本日は大変な「脱線」と「的外れ」な
ブログ更新で申し訳ありません。


次回は月初分の「起算更新」になるので
我々の「ホームページ」関係での
ブログ更新とさせてください m(_ _)m


それでは、またお会いいたしましょうっ♪



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