戦争遺跡のご紹介やホームページの制作状況などを綴っていきます♪

総軍BLOGへようこそっ!

♦ プロフィール

祐実総軍三等兵

Author:祐実総軍三等兵
全国に残る戦争遺跡を探訪し
記録することを趣味とする
祐実総軍三等兵ですっ★

稚拙な内容ではございますが
これまでに関係者の皆様方と
見てきた戦争遺跡を中心に、
ブログ・ホームページなどで
順次ご紹介をしていきます♪

よろしくお願いしますっ★

♦ カウンター

♦ 最新記事

♦ アクセスランキング

[ジャンルランキング]
地域情報
215位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
9位
アクセスランキングを見る>>

皆様、こんばんわ m(_ _)m


おピンちゃん先生が主催する
鎌倉市内の寺社めぐりを
2日間かけて追従させていただき、
夕方くらいに本拠に帰還しました。


ちょっと、明日の準備などもあるので
大変申し訳ないのですが
今日は既出案件で「軍報」を
掲載させてくださいませ m(_ _)m

今回は祐実軍團カテゴリーの
第156弾といたしまして、
神奈川県横浜市の一部が
指定されていた横須賀軍港境域の
境域標を1本だけご紹介します↓




横須賀軍港境域は、横須賀市におかれた
横須賀海軍鎮守府が統括した
横須賀軍港の土地境界を
決定するものとして、1896年(明治29)に
条項が設けられました。

軍港境域と定めた場所では
一般人の立ち入りが厳しく制限され、
その範囲を明確にするための
軍港境域標が境域の境界線に
設置されました。

横浜市についても、一部分が
横須賀軍港境域に定められていたため
軍港境域標が設置されており、
このうちの 1本が六浦三艘緑地内に
移設保存されています。



毎度おなじみの重鎮メンバーとともに
横浜市の住宅街をお邪魔してます↓



六浦三艘緑地内に軍港境域標が
移設保存されています↓


側面―背面部分です↓


反対側の側面―背面部分です↓



いや~、探訪した時は
この公園内で女性が子供に
母乳をあげていて、
写真撮影が大変でした(汗)


 【収録遺構】
  海軍横須賀軍港境域(横浜市)

   軍用地境界標 1本

 【探訪情報】
  2015.10.31  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


それでは、また明日っ!



↑よろしければ、こちらの「応援」も
 ひとつよろしくお願いします♪

皆様、おはようございますZzz


今日は、おピンちゃん先生
鎌倉の取材をしたいということで
2日間の行程で出かけるため
予約投稿でのブログ更新です。

おそらく、この記事が公開される時は
東海道線に乗っていると思います(笑)


さて、今回は祐実軍團「軍報」の
第155弾といたしまして
神奈川県相模原市におかれていた
青根防空監視哨のご紹介です↓




青根防空監視哨は、
厚木防空監視隊が統轄した
防空監視哨の 1つであり、
1941年(昭和16)頃に
設置されたようです。

ここでは、上空に接近する
敵の飛行機の種類を音で聞き分け
報告する任務につきました。

現在は道志や津久井の集落が
見渡せる展望台になっていますが、
聴音壕と呼ばれる探知施設の
丸穴が残っており保存されています。



相模原市内の津久井地区に
重鎮メンバーとお邪魔しております↓



ここの防空監視哨は
きちんと整備されているようで
麓から案内板がありました↓



日没が近いので急ぎ足で
山を上っていきます↓



先日の雪が完全に溶けておらず
滑りやすくなっていました・・・↓



10分くらい山道を進んでいくと
山頂に到着します↓



聴音壕が残っています↓





聴音壕の横に案内板が
設けられています↓



聴音壕からの眺めです↓



ここは相模原市といえど
交通の便が非常に悪いので
仲間がいなかったら一人では
行けなかっただろうな・・・

出会いに感謝っ★


 【収録遺構】
  厚木防空監視隊
  青根防空監視哨

   その他 1箇所

 【探訪情報】
  2018.02.10  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


後ほど、我々のホームページ内でも
ご紹介させていただく予定です。


それでは、またお会いしましょうっ★



↑よろしければ、こちらの「応援」も
 ひとつよろしくお願いします♪

皆様、連休をいかがお過ごしでしょうか。


三等兵は明日から2日間の日程で
鎌倉市内の寺社をめぐる予定なので
今日の1日をフルに使って
昨日のまとめと明日の準備を
酒飲みながらやってます(笑)

酒飲んじゃってるから、
だんだんとお得意の「ダラけ」モードに
切り替わりつつありますが(汗)


さてさて、今回は美恵軍團「軍報」の
第71弾といたしまして
愛知県豊川市におかれていた
大恩寺山防空砲台の遺構を
簡単にご紹介させてくださいませ↓




大恩寺山防空砲台は、
横須賀海軍警備隊が守備する
防空砲台として、豊川海軍工廠を
防衛する目的で1943年(昭和18)に
建設が開始されました。

ここには12.7センチ連装高角砲が
3基据え付けられたほか、
25ミリ機銃が 3基・高角測距儀・
探照灯なども配備されました。

現在、跡地は御津山園地に
変遷していますが、わずかに
遺構が残っています。



畏れ多くも総軍大元帥閣下が
自ら先頭に立ち、本拠から出陣です↓


三等兵は大枚を引き連れて
すごすごと追従します(笑)


新幹線で豊橋に向かいます↓



豊橋からは名鉄電車です↓



国府駅からはタクシーの力を借り
豊川市内の遺構探訪をします↓



今回も、過去に豊廠見学会へ
行くと知って耳打ちしてくれた
盡忠報國先生からの事前情報により
巡ってまいります。


タクシーで御津山園地まで
一気に上がります↓



御津山園地内に砲座跡が
3箇所残っています↓





おそらく、関連した施設跡であると
思っています↓



このほか、材質から当時のものと
推測する構造物がありましたが、
違うものだったらスミマセン・・・↓




後で気が付いたのですが、
御津山園地に向かう道路沿いにも
遺構が残っていたのですが
思いっきりタクシーで「素通り」を
してしまいました・・・(涙)

時期がきたら、改めてお願いに
あがるつもりですが、
「素通り」しちゃった3遺構について
ホームページへの掲載用に
盡忠報國先生から写真を
たかってしまうかもしれません(汗)
(事前情報のD・E・Fですっ!)

せっかくの遠征なのに、
タクシー待機料金を気にしてしまい
せこいことをした代償です(涙)
私は本当にバカだな・・・


この北西の位置する山林内にも
遺構が残っているのですが
これらは大恩寺山聴測所のものとして
別掲載とさせてください m(_ _)m


【収録遺構】
 横須賀海軍警備隊
 大恩寺山防空砲台

  砲座 3箇所
  建物基礎 1箇所
  その他 2箇所

【探訪情報】
 2017.08.06  第1回探訪

 歩数(指数) 未計測(84)


後ほど、我々のホームページにも
掲載予定ですっ★


明日は、泊まりで鎌倉周辺を
ウロウロするので、
予約しておいた「軍報」を
掲載させていただきます m(_ _)m


それでは、よい連休をっ!



↑よろしければ、こちらの「応援」も
 ひとつよろしくお願いします♪

皆様、こんばんわ m(_ _)m


ちょっと、帰還が遅くなってしまい
更新が遅くなってしまいましたが
今日はOKN先生といっちゃん先生と
寄居・飯能・相模原へ行ってきました。



本当は、いつも一緒に探訪している
関係者の皆様方にも
お声がけしようと思いましたが
土曜日であることと、埼玉の奥地に
なってしまうことを考えると
ちょっと無理がありそうだったので
物見がてら3名で行くことにしました。


時間も時間なので、ダイジェストを
簡単に掲載させていただきますね。


まずは橋本駅からスタートします↓



狭山パーキングエリアで
少し休憩した後、寄居町に残る
立川陸軍航空廠寄居出張所の
遺構を目指していきます↓


ここは過去に1度だけ訪れて
敷地の東側だけ見て、
諦めて帰ってしまったのですが
ほかのブロガー様のページで
建物が残っていることが判明・・・


おそらく、全く確認しなかった
敷地の西側に残っていると
あらかじめ予測をしてみたのですが
念のため寄居図書館で情報を
収集します↓



おおよその建物配置図を確認し
現地に到着です↓



男衾駅から寄居出張所まで
敷設されていた軍用線の
橋梁は健在でした↓



敷地の西側を進んでいくと・・・↓



特殊弾倉庫が2つ残っていました↓




建物の周辺には防火水槽が
4箇所残っています(抜粋)↓



このほか、怪しい部分が
2箇所あったのですが、
なにぶん藪が深いのと
先日の雪が溶けておらず
危険と判断し、今回は断念です(涙)↓



1箇所目でだいぶ時間が圧してしまい
次のターゲットに向かう途中で
遅い昼食をとりました↓



飯能市内に移動しました↓



大河原の監的壕といわれる
構造物が山林内に残ります↓





入口の上部には「監的濠(壕)」と
記載されており、横部分にも
「昭和十六年十一月三日竣工」と
記載がありましたが、
詳細は全く判りません・・・

飯能市内には終戦間際に
野戦重砲兵第八連隊が
展開していたようですが、
監的の竣工時期が昭和16年なので
関連付けるには厳しいかな・・・

さらなる文献調査が必要です!


日が傾いてきたので、
急いで南下して相模原市の
津久井地区に移動します↓



最近クローズアップされている
川和防空監視哨に向かおうと
したのですが、雪が溶けてない・・・↓



こんなに溶けていないのは
想定外でしたが、この状態での
山登りは危険と判断し、
残念ながらここも断念です(涙)↓



日没まで残り30分というところで
さらに奥地の青根監視哨へ
ダメもとで行ってみることに・・・↓



川和とは違い、山頂まで
何とか上がれそうですっ↓



青根防空監視哨に到着です↓



見てください、この雪景色(驚)
これ、相模原市内かよっ(笑)↓



当方も10年ほど前に
2年間だけ相模原市民でしたが
南北でこんなに違う光景だとは
思ってませんでした・・・


ここでタイムアップとなり、
橋本駅で解散した後は
いっちゃん先生と軽くやって
帰還しました~↓



色々と不完全な探訪になりましたが
今回の成果を基に、ホームページ
追加・修正していく予定です。

いっちゃん先生・OKN先生、
本日はお疲れ様でございました!


それでは、今日はもう寝ますZzz
また明日、お会いしましょうっ★



↑よろしければ、こちらの「応援」も
 ひとつよろしくお願いします♪

皆様、いかがお過ごしでしょうか。


残念ながら、本日は会社のイベントで
シフト勤務を命じられてしまい
帰宅が遅くなるので、この時間から
ブログを更新させていただきますね。


なんて日だっ!(笑)


さて・・・・
本日は美恵軍團「軍報」の
第70弾といたしまして
静岡県牧之原市におかれていた
大井海軍航空隊の遺構群を
一部、空母先生の写真を混ぜて
ご紹介させてくださいませ↓




大井海軍航空隊は、
1939年(昭和14)に策定した
海軍の軍備充実計画により、
偵察機を使用した訓練部隊の
拡充を目的として1942年(昭和17)に
開隊しました。

ここには50機ほどの練習機「白菊」を
使用した訓練が行われ、
太平洋戦争の末期に入ると
特別攻撃隊も編成されますが、
出撃待機状態で終戦を迎えたようです。

現在、跡地は工場や倉庫・住宅地・
農地などに変遷していますが、
当時の遺構が残っています。



静岡県のホープである
空母先生を筆頭に、重鎮メンバーと
一緒に菊川市内の探訪に続き
牧之原市にお邪魔しています↓



敷地の北側にあたる市道沿いに
当時の門柱が縮小された形で
保存されています↓



周辺に軍用地境界塀が
おおよそ3区画残っています↓





これも当時の建物跡でしょうね↓



敷地の東側に駒を進めます↓



電探講堂といわれる建物が
残存しています↓



講堂の入口付近には
当時の橋梁が残っています↓



かつては、号令台も残ってましたが
現在は消失したみたいです・・・↓

空母先生の写真です。


少し南下した農地内にも
当時の建物跡が残っています↓




さらに南に下っていくと
工場内に当時の建物が残ります↓

空母先生の写真です。


南北に縦断する県道沿いに
移動しました↓



県道沿いの畑の中に
地下施設が残っています↓



路地を1つ入った場所にも
地下施設が残っていました↓




今度は敷地の東側の崖下を
降りていきます↓



地下壕が残っています↓


掘削の途中であったのか、
坑道の規模は小さいです。


さらに藪漕ぎしていくと・・・↓



2つ目の地下壕が残っていました↓




2つ目の地下壕は1つ目よりは
規模が大きいですが、
やはり掘削途中であったようです↓



坑道の総延長は31メートルを
計測しています。


2つ目の地下壕の内部図です↓



空母先生のブログによると
3つ目の地下壕もあるそうですが、
時期が悪かったようで
見つけることが出来ませんでした・・・


最後は牧之原コミュニティセンターに
立ち寄ります↓



コミュニティーセンター内に
門札と精神注入棒と
練習機「白菊」の車輪と・・・↓

空母先生の写真です。


練習機「白菊」のエンジンが
保存展示されています↓



 【収録遺構】
  大井海軍航空隊(牧之原市)

   門柱 1箇所
   軍用地境界塀 3区画
   建物 2棟
   建物基礎 3箇所
   地下施設 2箇所
   地下壕 2区画
   橋梁 1箇所
   その他 4箇所
   その他 1箇所(消失)


 【探訪情報】
  2000.05.06  第1回探訪
  2016.04.23  第2回探訪
  2016.12.04  第3回探訪

 歩数(指数) 未計測(100)


後ほど、ホームページ内でも
ご紹介させていただく予定です。


それでは、仕事行ってきますっ!
(行きたくねーんだよ・・・)



↑よろしければ、こちらの「応援」も
 ひとつよろしくお願いします♪